放課後の賑やかな実験室の片隅に座っていると、自分まで科学部の一員にでもなってしまった気分だ。
机の上にはノートと教科書と問題集。
めでたく高校に入れたは良いものの数段レベルの跳ね上がった理系科目に躓き、早くも満身創痍だった私。
それを見兼ねてここに押し込んだのは、科学部のボスである石神くんだ。
同じ中学だったよしみというやつで勉強を見てくれると言うのだが、彼は先程から目の前の実験器具に夢中のご様子。
まあ、そういう所も石神くんらしいけれど。
「K、L、M、N……」
今日の授業で答えられなかった電子殻の順番を暗唱しているのを、科学部の部員たちが遠巻きに見ている。
もう良いよ、白い目で見られるのも笑われるのも、こっちは慣れっこだ。
きっと、基礎の基礎も覚束ない私が石神くんに指導を受けたところで彼が何を言っているのかさっぱり分からないに違いない。頑張らなければ。
「えってかこれ普通にアルファベット順!?でもなんでKからなの……?」
「よ〜やくそのレベルに辿り着きやがったか」
「あ、石神くんだ」
私を部室に連れ込んでおいて放置した石神くんが私のノートを覗き込んでいる。
「もう良いの、実験」
「もうもなにも下校時刻だ。撤収すんぞ」
「えーそんな経った?」
最初に手を付けた数学でかなり時間を使ってしまっていたらしい。
撤収と言いつつ、石神くんは家に帰ったらまたパソコンやら何やらと向き合って怖い笑みを浮かべながら調べものをするんだろうな。
「で、なんでKから始まるのか、だっけか」
「理由とかあるの?」
「あ"ー、K殻が一番内側にあるのは分かってるか?」
「うん!それはさっき理解した!」
「電子殻を発見した当時、K殻より内側に殻がないとまでは言えなかった。実はA殻より内側に殻がありました〜なんて事になったらややこいからな」
「取り敢えずKにしとけば、後から見つかってもJとかIにできるって訳か」
「結局、K殻より内側に殻はねぇ。Aでも問題はなかったっつーオチだ」
なるほど、勉強になりました。でもこれ絶対にテストには出ないよなあ。どうでも良い疑問にも答えてくれるから、石神くんに教えてもらうのは楽しい。
「分かったらソッコーで片付けろよ」
「あれ?もう誰もいない!置いてかれちゃったじゃん私たち!」
石神くんに促されて急いで机を片付けた。
部室の鍵を職員室に返して、あとは昇降口に向かうだけ。
このまま石神くんと帰る流れなんだろうか。
妙にソワソワする。何故かはよく分からないけれど。
「今日はありがとう!助かっちゃった」
「ほとんどテメー1人で格闘してたけどな」
「だってそれは石神くんが……でも家だと誘惑が多いし、やっぱ良かったよ」
自習室に籠るのもアリだったけど、教えてくれそうな人に囲まれていると心強いし、科学部のみんなを横目で見てるのも楽しいものだ。
「また行っても良い?部室!」
「仕方ねえ、科学の"か"の字が分かるくらいにはしてやるよ」
「やったー石神くん大好き!いやぁ君には頭が上がりませんな」
「……俺も」
「ん?」
「今好きっつったろ?俺も」
えー石神くんも私が好き?やったー!
今夜は二人の友情に乾杯しよう。サイダーで。
「テメーの言う好きとは違うからな」
「んん?……イタッ」
伸びてきた指に、おでこを小突かれた。
何すんのさ!と石神くんに無言の抗議を試みると、彼の口が音を出さずに動いた。
「ば、バカ!?酷いッ!」
「基礎中の基礎だ、今日覚えたこと忘れんなよ」
「忘れないよ?毎日石神くんの顔見る度に思い出すもん」
「……やっぱ筋金入りのバカだよ、テメーは」
ねえ石神くん、ちょっとだけ寄り道してこーよ。なんて言ったら、怒られるかなぁ。
2020.7.19 「お題:君のいう好きとは違うんだよ」
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